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自分にとっての宇宙  産経新聞【この本と出会った】 2013年9月15日

(以下、全文)
『宇宙からの帰還』立花隆著(中公文庫・840円)

 1年浪人して大学に合格したとき、まずこう思った。「これでもう国語の勉強をしなくていいし、本も読まなくていいんだ」

 私はそれほど本が嫌いだった。高校時代までに読んだ本は累計でも10冊に満たない。物理学者を志す自分には本はいらないと思っていた。

 ただ大学では、興味ある分野の本だけは読もうと考えた。そして薦められて手に取ったのが『宇宙からの帰還』だった。

 ジャーナリストの立花隆氏が、アポロ計画などに参加したアメリカの宇宙飛行士たちに、丹念にインタビューして書き上げた名著だ。なぜ宇宙を目指したのか、宇宙に行ってどんな影響を受けたのか。自分は昔から、誕生日がアポロ11号の月面着陸の日と同じだと聞いていたため(年は違うけれど)、月や宇宙飛行士を身近に感じていた。そのせいもあり、自分でも驚くほど引き込まれた。

 印象的だったのは宇宙から帰った後に宗教家になった人の話だ。宇宙に行くことで人はそんなに変わるのかと驚かされた。果たして自分は宇宙に行ったらどんな影響を受けるのか。そのことを知りたくなり、宇宙飛行士を真剣に目指そうとも思った。

 結局それは夢に終わったが、しかし自分には、この本から受けた別の影響がその後も強く残ることになった。「本ってこんなに面白いのか」。初めてそう思わせてくれた本だったのだ。それをきっかけに次々と本を読んだ。そして紆余(うよ)曲折をへて、いつしか私も書く側になりたいと思うようになった。

 いまも時々、全く本を読まなかった自分がどうして物書きなどをやっているのかと不思議に思うときがある。それは自分にとって宇宙飛行士が宗教家になるぐらいの転換に思える。

 自分はおそらく今後も宇宙に行くことはないだろう。しかし、この本から受けた影響を思うと、この本こそが自分にとっての宇宙だったのかもしれないとも思えてくる。