AIR DOの機内誌「rapora」に、<能楽師・有松遼一と巡る 源氏物語の京都>を執筆

北海道の航空会社AIR DOの機内誌「rapora」2024年4月号(4月1日発行)に記事を執筆しました。

<能楽師・有松遼一と巡る 源氏物語の京都>

大河ドラマ「光る君へ」によって『源氏物語』が盛り上がる中、舞台となる京都にある物語ゆかりの地を紹介しようという6ページの特集記事です。案内役となってもらったのは、若き能楽師として活躍する有松遼一さん。京都在住の有松さんとは友人でもあり、この特集の案内役に彼以上の適任はいないだろうと、依頼することになりました。取材・執筆は、僕と堀香織さんで担当し、撮影は松村シナさん。

有松さんとの打ち合わせで4か所のスポットが決まり(夕顔町、上賀茂神社、野宮神社、宇治川)、有松さん、堀さん、松村さん、そして制作会社である140Bの営業・青木さんとともに、昨年末に取材。記事を書きながら、この4か所を通じて『源氏物語』の大きな流れが見えてきて、学び多く楽しい仕事になりました(取材も大人の遠足のようで楽しかった!)。有松さんに案内役になってもらえて本当によかったです!

『光る君へ』もきっとさらに楽しくなるかと思います。
AIR DOご利用の機会には是非手に取ってみてください。







本多勝一さんの『日本語の作文技術』を20年以上ぶりに再読し、この本から受けてきた多大な影響に気がついた。

文章を書く上で自分が最も影響を受けてきた書き手は、沢木耕太郎さんだ。最初の出会いは確か、学部時代、研究室のスタッフだった女性に『一瞬の夏』を勧められたこと。その後、大学4年の卒業前に数週間インドに行った後に『深夜特急』を読み、そこから沢木さんのノンフィクション作品を次々読んだ。そして沢木さんのようなノンフィクションを自分も書きたいと思うようになり、ライター修行も兼ねた長い旅に出ることになった。長旅に出たとき、教科書としてバックパックに入れていったのもすべて沢木さんの文庫本だった。『敗れざる者たち』、『人の砂漠』、『紙のライオン』、『彼らの流儀』、『檀』などで、中でも、『彼らの流儀』と『人の砂漠』は、書き出しや構成を考える上で、何度も何度も読み返した。

一方、そもそも本の面白さを初めて自分に知らしめてくれたのは、立花隆さんの作品だった。それは沢木耕太郎作品に出会う前、大学に入って間もないころのことである。一浪をへて大学に入り、「物理学者か宇宙飛行士を目指すぞ」と高いモチベーションを持っていたころ、立花氏の『宇宙からの帰還』を知った。高校時代まで、読むことにも書くことにも興味を持てず、本とはほとんど無縁だったが、ふとこの本を読み出したら、夢中になった。初めて本を面白いと思った。その後、彼の作品をあれこれ読み進めていく中で、もしかしたら自分は、サイエンスについて書くジャーナリストのような仕事に興味があるのかもしれない、と思うようになる。当時大学で立花氏の講義があり、それを何度か聴講した影響もきっとあったのだろうと思う(やってくるゲストがすごかった。大江健三郎だったり、鳩山邦夫だったり。90分の授業を180分まで延長したあげく「これで前半終了。これから後半」と言ったのにも衝撃を受けた)。

いずれにしても、そうして立花隆の影響を受けたあと、ようやくそれなりに本を読むようになり、その過程で沢木耕太郎作品に出会った。そして結果として沢木さんの影響をより濃く受けるようになったというのが、自分自身の認識である。

しかしその認識は少し修正されるべきかもしれないと、最近ある本を読んで、思った。それは本多勝一の『日本語の作文技術』である。大学時代に読んだこの本を再読し、自分はこの本の影響をとても強く受けているだろうことに気づかされたからだ。

立花隆を知ってからか、沢木耕太郎を知ってからかははっきりとは覚えていない。けれども、文章を書いて生きていきたいと考えるようになってからこの本を読み、読んだだけでなぜか文章がうまくなった気がしたことはよく覚えている。

読んだだけでどうしてそんな気持ちになれたのか。それを知りたいという気持ちもあって今回再読したのであるが、読むほどに納得できた。いま自分が文章を書く上で大切にしている技術的なポイントの数々が、これでもかと書かれていた。緻密ながらもわかりやすく。「そうか、自分はこの本を読んだから、このような意識で文章を書いているのか」と再認識した。

2章の冒頭にこんな例文が登場する。

<私は小林が中村が鈴木が死んだ現場にいたと証言したのかと思った。>

多くの人は、「こんなわかりにくい文を書く人はいないだろう」と思うだろう。自分も思った。ちょっと笑った。うん、確かにこれは極端だ。しかし、私たちが日々接する少なからぬ文章が、実際にはこのような書き方になってしまっているらしいことが本書を読むと見えてくる。こうならないように気を付けるだけで文章はかなりわかりやすくなる、そのためにはどうすればいいか、を様々な側面から極めて具体的に教えてくれるのがこの本なのだ。

私たちが学校で習う日本語の文法は、明治以降の西洋の文法観の影響のもとに築かれたものであると本書は言う。その結果、日本語の文法は、日本語にそぐわない形で体系化されてしまったという話もなるほどだった。特に、「主語と述語」が大事だというのは英語の話で、日本語には「主語はない」(主格があるだけ)、という論には頷かされた。この例を代表とするような西洋の文法観が知らぬ間に私たちの日本語の捉え方にも影響を与えているのだとすれば、それは私たちが書く日本語にも影響を与えているのだろう。50年前に書かれたことだから、いまでは常識なのかもしれないけれど。

一方、50年近く前の本ゆえに、いま読むと驚かされることも数多い。
たとえば、本多氏は言う。いま(=70年代)「あぶないです」「うれしいです」という言葉遣いが増えているがこれは間違い、「あぶのうございます」「うれしゅうございます」と言うべきである、と。また、英語は専門家にしか必要がないから中学生が学ぶ必要などない、とも書かれていた。いずれも、いま読むと逆にとても新鮮だった。さらに、当時は手書きで書くのが当然の時代だったからだろう、植字工が植字を間違えないようにするための原稿執筆段階での工夫なども書いてあって興味深い。

背景がそれだけ違う時代に書かれた本でありながら、しかし、文章技術に関する話は、いま読んでも一切古びた感じがないし、違和感もない。

文筆を生業として20年以上がたったいま、改めて読めてよかった。

古賀史健『さみしい夜にはペンを持て』を読んで、思いがけない光が見えた

次女は本が好きなので、学校に行かずに家で過ごす午前中に、よく一緒に本屋に行く。

行くといつも、「何か一冊ほしいのがあったら」ということになり、次女は喜んで本を探す。その彼女が先日選んだのがこの本だった。古賀史健さんの『さみしい夜にはペンを持て』。娘はこの本を書店で何度か見たことがあるようで知っていて、自分も読みたいと思っていた本だった。

帰って早速読み出した次女は、学校に行けない主人公のタコジローに共感することが多かったようで、「気持ちすごくわかるー」「読書感想文が好きじゃない理由、タコジローと全く同じやわ」などと言っていた。読み終わると「好きな本の一冊になった」。「日記、少し書いてみようかなって気持ちになった」とも。実際に書いてはいないようだけど。また、ならのさんのイラストにもとても惹かれたようだった。

僕も昨日読み出して、さっき読み終わった。娘の話から想像するよりも文章読本的要素が強かったけれど、娘が「気持ちわかる」と言っていたのにすごく納得した。文章、そして日記を書く意味を教わっていくタコジローが、教えにすぐには納得せずに「でも……」と疑問をぶつける様子が、娘の感覚に似ているのだろうなと思った。

自分にとっても、タコジローが疑問を挟むのは、「そう、そこを聞いてほしいと思ってた!」と感じる点ばかりで、とてもしっくりきた。本全体として「誤魔化していない」感じがあった。子どもを言いくるめようとしてなくて、正面から答えている。だから、子どもに届くのだろうなと思った。

また、書くことについてたくさんの発見があった。「世界をスローモーションで眺める」「メモは、ことばの貯金」「『これはなにに似ているか?』と考えてみよう」などの言葉は、なるほど!だった。文章を書く上でなんとなく自分もそのようにやっているような気はするけれど、言語化できるほど意識できてはいなかった。このような形で明確に言葉にしてもらえると、その点に意識的になれて、これから書いていく上で少なからず助けになりそうに思う。これらが書かれた<4章 冒険の剣と、冒険の地図>はまた読み直したい。

そして何よりも、この本を読みながら、ふと大きな気づきを得た。
どうすればいいかわからないまま1年ほどが経とうとしている事柄について、もしかしたら、こうすればいいかもしれないという案が浮かんだ。初めて、フィクションとして書いたらいいのかもしれない、と思った。ある人に宛てた手紙のような形にして。会ったことはなく、向こうも自分を知らない、ある一人の人に宛てた物語として。

明らかにこの本がくれた気づきだった。
大きな光が見えた気がする。
できるかどうかわからないけれど、やってみたい。

タコジローの物語に、大きな力をもらいました。
この物語を届けてくれた古賀さんに感謝です。

武田砂鉄『わかりやすさの罪』のライブ感に圧倒され、読みながらぐるぐる考えた

武田砂鉄『わかりやすさの罪』読了。圧巻の読後感で、いまの気持ちを書き留めておきたいと思って、読んだ直後にこの文章を書きだしている。何を書いたらいいかはわかっていない。

武田さんがこの本の中で、何を書くかを決めないまま「見切り発車」でいまこの原稿を書いている、といったことを書いていた。そう言いつつ、ある程度道筋を立ててから書いているのだろうと当初は思ったりもしたのだけれど、読み進めると確かに、その場で必死に手探りしながら話を展開させているように感じられてくる。その章のテーマに関する話題が縦横無尽に飛び込んでくる。急に話が変わったりする。で、その一つ一つが、確かにテーマを多面的に考えさせてくれる。臨場感やライブ感が文章にあり、その熱量がこちらに直球で届いてきて、こちらも激しく思考することになる。読んでいてこちらも息が切れてくるというか、まさにライブを見にいったときのような心地よい疲労感を得ながらページをめくった。

自分自身のことを言えば、自著について「読みやすかった」「わかりやすかった」という感想をもらうのは、正直そんなに嬉しくはない。昔は嬉しかった気もするのだけれど、いまは、わかりやすいかどうかよりも、自分が伝えたいと思った事実やメッセージがどう届いたかが気になる。読後に思わず考えこんだ。などと言われたら、読んでもらえてよかったと思う。

でも一方で、自分の日々の仕事として多いのは、研究者にインタビューしてその研究について記事を書くことである。その場合は、「わかりやすかった」と言われるのは嬉しいし、よかったと思う。というのも、こういう記事の場合、記事を書く主要な目的は、専門家でないととてもわからないような難解な事柄を、その分野に縁のない人にもわかってもらえるように伝えることだから。

とは思いながらも、改めて考えてみると、科学の研究というのは、どんな分野のことであっても大抵、そんな記事1本では本当の深いところはわかりようがない。本当にはわかっていないことについてあたかもわかったような気持ちになれる記事を自分は書いているだけ、ともいえる。それでいいのか。いや、このような記事の目的は、研究を細部まで理解してもらおうということでは決してなく、あくまでも研究に興味を持ってもらう入り口としての役割を果たすことであるからいいのだ、とも思う。それを読んで、さらに深く知りたいと思ってもらえるきっかけが作れたらよいのだと。

ただ自分自身、にわか勉強とインタビューだけでは、研究者が人生を賭してきた研究の細部は到底理解できない。わかっていないまま書いている。自分の理解が及んだ範囲で、研究の内容を咀嚼して、必要なところを自分の表現に置き換えて書いている。そう考えると自分は、本当にはわかっていないことを、あたかもわかった気になれるような文章を書く技術だけが身についてきてしまったのではないか、という気もする。この本を読んで、そう思った。

でも、じゃあ、本当に細部までわかっていないのであれば、書かない方が良いのかと言えば、そうは思わない。もしそうであれば、研究者や当事者本人以外、何も書けなくなってしまう。武田さんも書いている通り、それは違うだろう。大事なのは、書き手が、話し手が、「わかっていない」ことを自覚しながら発信することだと思う。そしてまた受け取り手も、何かを読んだり聞いたりしても、決してすべてをわかったような気にはならないこと。ある事柄のほんの断片を知ることができただけだと考えること、ではないか。世の中のあらゆることは複雑で、わかりやすいことなどほとんどないのだから。

しかし現実には、わかっていないことをわかったように伝え、わかっていないことをわかった気になって安心するという現象・状態が蔓延している。わかっていないのに、わかったようなふりをして、「これを読めばすぐにすべてがわかりますよ!」とアピールして人を引きつけ、儲ける。それを読んで、「そうだったのか、これで全部わかった」という気持ちになって、考えることをやめる。そういうことがますます増強される社会になっている。

そんな社会に対する違和感、嫌悪感を武田さんは、本書で粘り強く、さまざまな事例から、これでもかと書く。なるほど、まさに!と頷くことが多いながら、うまく理解できなかったこともあり、また、ん、そこは自分はそうは思わない、と思うところもあった。だからいいのだろう。武田さんの言葉をこちらも真剣に考えた。お前はどう考えるんだと何度も問われた気持ちになった。そうして、考え、しかし完全にはわからないからこそ、また考える。そういう体験が社会全体に必要なのだろう。わかりにくいことを受け入れる。わかりにくいことに向かっていく。いろんな人と、感想を語り合いたいと思った。

「文庫版によせて」の最後の一文、
<「うまく言葉にできない」を率先して保ちたい。>
に自分は、吃音によってうまく言葉にできない人の思いを重ねた。
1分で要点を言える人が偉い、すごい、みたいな社会の中で、
「うまく言葉にできない」ことの意味はあると思う。
でも、それをうまく言葉にできない。考え続けたい。

武田さんにならって「見切り発車」で感想を書いたら、このような文章になった。うん、この感覚を大切にしたい。