デイリー新潮に記事掲載 <吃音をコントロールして流暢に話せるようになったはずの男性が、なぜあえて「どもる」話し方に戻したのか>

拙著『吃音 伝えられないもどかしさ』で全てをさらけ出してくれたTさんの現状について、記事を書きました。(7月5日、デイリー新潮掲載)

Tさんは現在、決して楽ではない状況にいます。その困難を、率直に語ってくれました。記事の中にも書きましたが、僕は彼に対して、取材を通して尊敬の念をも抱くようになりました。なぜその彼に、このような大変なことが起きるのだろうと、思わざるを得ません。広く届いてほしいです。

<吃音をコントロールして流暢に話せるようになったはずの男性が、なぜあえて「どもる」話し方に戻したのか>

吃音についての論考を、朝日新聞「Re:Ron」に寄稿しました

朝日新聞Re:Ronに初めて寄稿しました。再び自分の吃音が気にかかるようになっている今、思うことを。

マリリン・モンロー、エド・シーランも当事者 吃音の苦しみと理解
(有料記事ですが、8割程は無料で読めます)

吃音については、認知が広がり、社会の見方も変わり、取り巻く環境は近年大きく変わってきました。それは本当に良いことだと思うけれど、しかし、当事者の核にある困難はあまり変わっていないのでは、ともよく思います。それはおそらく、あらゆる生きづらさについて言えることなのでは。

そしていま、刑務所にいる知人の思いを届けたく、書きました。

こういうことを子どものころに教わりたかった――『君の物語が君らしく──自分をつくるライティング入門』 (岩波ジュニアスタートブックス)

僕はもともと、文章を読んだり書いたりすることに全く興味が持てなかった。子どものころ、本は嫌いで一切読まずで、たぶん、大学に入学するまでの18年ほどの間に積極的に読んだ本らしい本は、10冊あるかないかだと思う。記憶にあるところで、祖母で勧められて中学時代に読んだ『君たちはどう生きるか』、その流れで少し興味を持って読んだ山本有三の『路傍の石』『心に太陽を持て』など。あとは、読書感想文のために『こころ』を、中学、高校で読んだのと、中高時代に強く影響を受けた尾崎豊の小説は1,2つ読んだように思う。が、それくらい。また中学時代、塾では国語の成績だけ極端に悪かった。受験直前の模試で、国語が625人中598番で偏差値34。この数字はインパクトが強くて30年以上たったいまも覚えている。国語は完全に捨てて、残りの4教科で勝負しようと覚悟を決めたのもよく覚えている。

いずれにしても、そんな具合で本当に本や国語的なものとは縁が遠い幼少期で、その一方数学や物理がとても好きだったため、将来は物理学者などになりたいと思っていた。大学で合格した時にはまず「これでも国語の勉強をしなくていい、本を読まなくてもいいんだ」と思ったほどだ。

しかしそれが、大学時代のあれこれを経て、ノンフィクションを書きたいと思うようになり、そのまま、20年以上文筆業を生業としているのだから人生はわからないなと思う。

そしていま、なぜあんなに文章を読んだり書いたりするのが嫌だったのかと思ったりもするのだけれど、『君の物語が君らしく──自分をつくるライティング入門』 (岩波ジュニアスタートブックス)を読んで、少し当時の自分の気持ちが見えたような気もした。


この本は、書くことが持つ喜びや豊かさについて、平易で優しい言葉で書かれている。当時の自分のような、読み書きが好きだったり得意だったりしない子どもに寄り添い、語りかけてくるような本である。著者の澤田さんは現役の国語の教員である。きっとそういう子どもたちの姿を間近で見てきて、彼らの気持ち、彼らにどうやったら書くことの楽しさが伝わるのだろうとずっと考えてきたのだろうなと思った。

自分には、文章を書くことが楽しい、という感覚なんて当時一切わからなかったし、楽しいものなのかもしれない、と考えたことすらなかったと思う。読書感想文もひたすら苦痛でしかなかった。それはまさにこの本にあるように、先生が求める正解のようなものを書かないといけないと思っていたからなのだろう。

澤田さんは、自分のために書く喜び、楽しさを、いろんな角度から語ってくれている。なぜ書くことが喜びになるのか。<「書くことが得意/苦手」ってどういうことなのか>。<書くことを、自分の手に取り戻す>ためには、どんなことをすればよいのか。そんな問いを通じて、上手い下手とは全く別の、書くことの意味や価値を感じさせてくれる。こういうことを子どものころにしっかりと教わる機会があれば、書くことへの見方は全く変わっていたかもしれないなと思った。この本に出てくる「作家の時間」という澤田さんの授業を受けられている生徒さんたちがうらやましくなった。

僕はいまなお時々、自分が文筆業を仕事にしていることが不思議になることがある。また、幼少期に文章に接してこなかったことのツケや、書き手として致命的に欠けているものがあるのも感じている。でもその一方でいまは、この本に書かれているような、書くことが自分自身に与えてくれる喜びや意味は実感としてわかるようになってきている気がする。

澤田さんが本書の中で紹介しているスティーブン・キングの『書くことについて』については、自分もとても好きな本(この本について書いた拙文はこちら)。キングがこの本の終盤に書いている次の言葉は、澤田さんの本のメッセージと通じると思う。

<ものを書くのは、金を稼ぐためでも、有名になるためでも、もてるためでも、セックスの相手を見つけるためでも、友人をつくるためでもない。一言でいうなら、読む者の人生を豊かにし、同時に書く者の人生も豊かにするためだ。立ち上がり、力をつけ、乗り越えるためだ。幸せになるためだ>

書くことの楽しさを知ることは、生きていく上で、大きな力となり、支えになる。いまは実感としてそう言える。

ものを書くのは、幸せになるためだ――スティーブン・キングの『書くことについて』

今年度、書くことについて授業したりする機会が少し増えそうな予感がある。であればこれまでよりも確固たる意識で臨みたく、こないだ本多勝一の『日本語の作文技術』を20年以上ぶりに読み返した。やはり名著だなと感じ、その流れで、スティーブン・キングの『書くことについて』も読み返した。

『書くことについて』は、10年程前、作家の新元良一さんに薦められて読み、大きな刺激をもらって以来、文芸学科の学生などによく薦めている。一度読んだきりだったので詳細は忘れてしまいつつも、読んだ時の気持ちの高まりや、おれももっと書こう!と思った気持ちだけはずっと頭に残っていた。久々に読み返すとまさに、「そうだった、この興奮だった」と、最初に読んだ時の気持ちを思い出した。

キング本人の自叙伝的文章から始まり、書くことについての具体的な方法論へと移っていく。全体として物語性があり、引っ張る力がすごい(田村義進さんの訳の良さもあると思う)。1つのノンフィクション作品のような作風だが、読み進めるほどに、「書くことついて」というテーマがいろんな形で伝わってくる。

自叙伝的部分からは、超大御所の作家でもやはり最初は苦労したんだなということが伝わってくるし(クリーニングの仕事や高校教師をしながら、作品を投稿しては不採用通知が届く、という時代がしばらくあった)、方法論の部分も、文章の技術的な点(とにかく文章はシンプルにしろ、と)、どう書き進めるか、原稿の見直しの仕方、リサーチの方法、編集者へ手紙を書く上で大事な点など、自身の経験に基づいた方法や考えを率直に、具体的に書いている。

方法論の中で特に印象的な部分がある。<ストーリーは自然にできていくというのが私の基本的な考えだ>(p217)というあたりだ。<作家がしなければならないのは、ストーリーに成長の場を与え、それを文字にすることなのである><ストーリーは以前から存在する知られざる世界の遺物である。作家は手持ちの道具箱のなかの道具を使って、その遺物をできるかぎり完全な姿で掘りださなければならない>

ストーリーは、土の中に埋まった化石のようにすでにそこにあり、それを丁寧に、傷つけずに掘り起こすのが作家の仕事だと言うのである。

<最初に状況設定がある。そのあとにまだなんの個性も陰影も持たない人物が登場する。心のなかでこういった設定がすむと、叙述にとりかかる。結末を想定している場合もあるが、作中人物を自分の思いどおりに操ったことは一度もない。逆に、すべてを彼らにまかせている。予想どおりの結果になることもあるが、そうではない場合も少なくない。サスペンス作家にとって、これほど結構なことはないだろう。私は小説の作者であると同時に、第一読者でもある。私が結末を正確に予測できないとすれば、たとえ心のなかでは薄々わかっていたとしても、第一読者はページをめくりたくてうずうずしつづけるだろう。いずれにせよ、結末にこだわる必要がどこにあるのか。どうしてそんなに支配欲をむきだしにしなければならないのか。どんな話でも遅かれ早かれおさまるべきところへおさまるものなのだ>(p219)

この言葉は、小説に限らずさまざまな文章を書く上でのスタンスとして、すごくヒントになる気がした。

方法論について書かれたあと、再びキング自身の話に戻るのだが、そこには、1999年の大事故について書かれている。彼は散歩中にヴァンに轢かれ、生死の境をさまようほどの大けがを負ったのだ。それはこの本を書いている最中のことだった。病院での苦しい治療中に彼は考える。<こんなところで死ぬわけにはいかない。> <もっと書きたい。家に帰れば、『書くことについて』の書きかけの原稿が机の上に積まれている。死にたくない>(p346)……。

その章の最後は、大事故による困難を経たあとの彼の、書くことについての思いで結ばれているが、その言葉が深く響いた。

<ものを書くのは、金を稼ぐためでも、有名になるためでも、もてるためでも、セックスの相手を見つけるためでも、友人をつくるためでもない。一言でいうなら、読む者の人生を豊かにし、同時に書く者の人生も豊かにするためだ。立ち上がり、力をつけ、乗り越えるためだ。幸せになるためだ><あなたは書けるし、書くべきである。最初の一歩を踏みだす勇気があれば、書いていける。書くということは魔法であり、すべての創造的な芸術と同様、命の水である。その水に値札はついていない。飲み放題だ。/腹いっぱい飲めばいい>(p358-359)

文筆業をはじめて20年以上が経ち、いま、書くことは自分にとって、生きるための手段という側面が随分大きくなってしまった。だからこそか、この言葉はすごく響いた。強く背中を押してもらった。読者を幸せにし、自分も幸せになるために――。

あと一点、どこだったか見つけられなくなってしまったけれど、前半に書いてあったこと。投稿しては不採用の通知をもらうという日々でのことだったか、作家デビュー直前のころのことだったか。ある編集者がかけてくれた一言によって、救われた、といった話があった。

それを読んで思い出したのが、自分が旅に出る前に、「週刊金曜日」のルポルタージュ大賞に応募した時のことである。確か原稿を送ったのは2002年の年末で、2003年3月に発表があった。送ったのは、吃音矯正所について書いた原稿用紙50枚ほどのルポルタージュ。

受賞の連絡はないままに結果発表の号が発売する日となったので、「ああ、だめだったんだな……」とがっくりしながらその号を手に取った。結果発表のページを見ると、やはり受賞はしていなかった。ところが意外なことに、誌面に自分の名前が見えた。編集長が講評の中で、自分の応募作について触れてくれていたのである。確かこんな主旨の言葉だったと記憶している。

<近藤さんの吃音矯正所のルポもよかった。ただ、構成の面でもう少し工夫がほしかった。次回作に期待したい>

その言葉は、実績もなく先行きも見えないまま、ライターとしてやっていくために日本を離れる直前だった自分にとって、かすかな、しかし大きな希望となった。その言葉があったから、結果発表のすぐあとに思い切って「週刊金曜日」の編集部を訪ね、なんとか載せてもらえないかと相談に行けた。結果、分量を半分くらいにし、追加取材をすることで掲載してもらえることになった(その記事)。そうして初めて、自らテーマを決めて書いた記事が雑誌に載ることが決まり、一応はライターと名乗ってもいいだろうと思える状態で6月、日本を出発することができたのだった。

その時の編集長は岡田幹治さん。2008年に帰国した後、同編集部に挨拶に行ったときにはすでに編集長を退任されていたのでお会いすることはできなかったが、あの一言が自分の背中を大きく押してくれたことは間違いない。いまもとても感謝している。

その岡田幹治さんが、2021年7月に亡くなられていたことをいま知った。

確実に時間が経った。いまやるべきことはいまやらないと、と改めて思う。