2 元旅人の西洋人僧侶、プラ・ノア
「タイ仏教では、守るべき戒律が複数あるんです」
チェンマイの他の寺院で会った坊さんがそう教えてくれた。その戒律は、一般人と僧侶で異なる。一般人が守るべきものは次の五条なのだという。
一 生き物は殺してはならない
二 盗んではいけない
三 一つの愛を貫くこと
四 嘘をつかない、汚い言葉を口にしない
五 酒を飲まない
これはどれも、意識的にやっていけば、どうしても実現できないということではないかもしれない。
二十歳未満の少年僧はこれが一〇条になる。そのうちの五つは、右の五つ。ただし、三つ目だけは「一つの愛を貫くこと」ではなく「女性に触れてはならない」と、格段に厳しくなる。そしてその上に次の五つが加わって一〇条となるのだという。
六 午後に食事をしない
七 歌や踊りをたしなんではならない
八 香水をつけてはならない
九 金銀を身に着けてはならない
十 高い贅沢なベッドに寝てはならない
二十歳を超えた僧侶たちには、さらにいろいろと加わり、戒律はなんと全部で二二七条にもなるという。
この生活を数日疑似体験しただけでも、タイで僧侶として生きることの厳しさが垣間見えた。日本でお坊さんになるのとはまったく違う次元の覚悟が必要なように思えた。しかし、だからこそ、タイの社会は僧侶を大切にする。一般の人も僧侶によく喜捨する。また、僧侶は公共の交通機関には無料で乗れるという。社会が彼らに敬意を払い、僧侶が教えを守りながらも生活を続けられるような環境が作られているのだ。
ちなみに、一般人も守らなければならない先の五条にもある「生きものは殺してはならない」という戒律は、肉を食べてもいいこととはどう両立するのかとプラ・ノアに聞いてみると、
「自分で殺さなければいいんだよ。だから市場に売っている肉だったら食べてもいいんだ」
とのこと。若干、腑に落ちないものを感じたが、その辺がタイっぽいファジーさなのかもしれないと解釈した。
そんなことをいろいろと考えながらぼくは、自分たちを指導してくれるプラ・ノアが、どうしてこのような生活をしにはるばるカナダからタイへやってきたのかが、ますます気になってきた。
そして四日目も同じように、起きて座って歩いて食べて読んで寝る、という字面だけ見るとぐうたら男のだらけた休日のような、でもハードな一日をなんとか乗り切ると、いよいよぼくらが決めた最終日がやってきた。
その昼、プラ・ノアに会って、今日で修行を終えます、と告げた。すると彼は、いつも通りの大きなイスに胡坐をかいて、斜め下方にいるぼくらに目線を向けながら、残念そうな顔をした。
「もう少しがんばってみないか。きっともうすぐ何か変化があるはずだから」
そう熱心にぼくらに訴えた。その上、こうも聞いてくる。
「光が見えることはなかったか?」
まさかと思いつつも、改めて考えてみると、もしかしたらこれのことかな、という瞬間がないこともなかった。光が見えたかどうかはわからないものの、座ってメディテーションを続けていたときに、何かふと、違った感覚になったような気がしたことはあった――そう話すと、プラ・ノアは、「それだよ、それ」という顔をしてさらに言った。
「もう少しだよ。もう何日かやれば、それがもっとはっきりとしたものになるはずだ」
半信半疑ではあったが、そういわれて少し心躍るものがあった。
しかし、このときにはすでにぼくの集中力は切れていた。たとえ何か変化の兆しがあったとしても、自分にはそれを確かめるだけの忍耐力はもう残ってはいなかった。モトコにしても、頭の中はこれから町に戻っての食事のことでいっぱいだったはずだ。あとから聞いたところでは、なぜか、「ああ、エビフライが食べたい……」とやたらと思うようになっていたらしい。
そんな気持ちを、プラ・ノアに正直に告げた。すると彼は、それならわかった、と理解してくれた。ぼくは、自分の目的を果たすべく彼に尋ねた。
「できればあなたの話を聞かせてくれないか」
と。ぼくは彼のことを、唯一連載していた短編の人物ルポに書きたいと思っていたのだ。プラ・ノアは快諾してくれた。彼に毎日指導を仰いでいたのと同じ部屋で、でも今度は同じテーブルに向かって同じ高さのイスに座って、ぼくは彼の話を聞いていった。
*
この四、五日の間、プラ・ノアの生活を疑似体験し、毎日彼と面談しているうちに、彼はぐっと自分にとって身近な存在になりつつあった。
彼の透き通った小さな声には、いつも熱がこもっている。なんとか少しでもブッダの教えを、瞑想の力を理解してほしい、そして苦しみから解き放たれてほしい。そんな気持ちが感じられ、メディテーションをしながら、ぼくの頭の中にはいつも彼の声が響いていた。仏教の世界を垣間見に来る旅人たちを、彼は真剣に指導していた。
プラ・ノアは、いまは黄色のローブを着て、頭を剃り、僧侶として生きている。しかし彼自身がぼくたちと同じ立場であったのはそう遠い昔のことではなかったのだ。
「ぼく自身、五年前は、一人の旅人だったんだ」
それがいま、僧侶として旅人に接する立場になった。
「昨晩は一睡もせずにメディテーションをしていた。三日前もそうだったよ。夜寝ない人というのは、次のどれかに限られる――女のことを考える男、男を狙う女、金や宝物のことを考える人、盗人。あとは、涅槃を目指す僧侶だ」
そう話すプラ・ノアは、一人の確固たる僧侶であると同時に、一人の同世代の西洋人でもあった。同じく旅をしながらも、自分とはまったく異なる道を選んだ彼の言葉に、ぼくは引き込まれていった。
幼いころから、「神」を意識していた、と彼は言った。五歳ごろに見た「悪夢」がいまでも忘れられない。
「兄が父親を殺すんだ。いまでも兄が刺す場面がちゃんと思い浮かぶ。その夢から覚めたとき、結局はみんな死ななきゃならない、ということに突然気がついたんだ」
学校へ行くのは、仕事をするのは、なんのためか。結局はすべて死ぬためなんじゃないのか。そう思ったとき、どうにかしてそんな流れの中から飛び出したくなった。
学校をやめ、酒や薬物におぼれて過ごした。その日々は楽しくもあったが、ひどくけだるく、いつもどこかで別なものを求めていた。
「十六歳のとき、道教についての本と出合ったんだ。数ページで心を動かされたよ」
そうして中国へ憧れを持つようになり、宗教の世界に目を向けるようになった。
しかし、いよいよ中国へ足を踏み入れるという直前にタイを旅したことがその後の人生を変えることになった。二カ月間何もせずに、ただ酒を飲んでダラダラするだけの日々をタイで過ごし、ようやく中国に行こうと飛行機のチケットまで買ったのだが、その前に立ち寄った寺院で体験した一カ月間のメディテーション修行によって、彼の生き方は決まった。彼は強烈に、タイ仏教の世界に惹かれていったのだ。
幸せを感じながら二年間の修行に励んだ。そして迷うことなく彼はタイで僧侶として生きる道を選んだのだ。
「初めてこのローブを着ようとしたとき、ローブが私の体に飛びついてきたんだ。まさにこれは自分の天職なんだと思ったよ」
それから三年がたった。プラ・ノアはこのとき二十五歳になっていた。
彼は「プラ(=僧)」を「完璧な職業」だと表現した。誰も傷つけず、誰とも争う必要がない職業は、これ以外にないはずだと彼は信じている。
ぼくが、いまの生活の最大の喜びは何か、と聞くと、プラ・ノアはこう言った。
自由だ――と。
「僧侶になってぼくは、すべてから自由になり、何も心配することがなくなったんだ」
まったくためらうことなく彼はそう言ったのだ。
一点の迷いもないようにそう言う彼に、ぼくは驚いた。守るべき二二七もの厳しい戒律があり、その生活が自由であるようにはまったく見えなかったからだ。ただ、数日とはいえ彼と毎日接してきた様子を思い出し、この人は本当にいま心から自由であると感じているのかもしれないと思うと、ぼくは激しく羨望をおぼえた。
自分はいま、すべてを自分たちの好きに決められる圧倒的な自由さの中にいながらも、決して心から自由であるとは感じることができないでいた。何にも縛られないような生活をしていても、決してそこまで自由であるような気はしなかった。
ぼくは自由を求めながらも、自分で自分を縛りつけて、自由を失っているのかもしれなかった。あれをしなきゃいけない、こうでなくちゃいけない、と。その一方プラ・ノアは、あんなに厳しい生活をしながらもすべてから自由になったと感じている。だとすれば、結局自由であるかどうかは、自分がどのような行動をとって暮らしているかとは関係がないのではないか。
そしてさらに思った。本当に自由になるということはきっと、すべての欲から解放されることなのだ、と。プラ・ノアと話しているうちに、そのことがすっと理解できたような気がした。
だが、すべての欲と無縁になることなんて、本当にできるものなのだろうか。ぼくにはそれがわからない。
プラ・ノア自身にも、その答えはわかっていないのかもしれない。その答えが得られていないからこそ、ときに夜を徹して瞑想に励み「涅槃」を目指すのではないのか。
「この生き方こそが自分らしいんだろうな。だからローブを脱ぐことは決してないと思う」
そう言ったときのプラ・ノアは、一人の僧侶というより、僧侶という生き方を選んだ一人の西洋人の若者だった。
話を聞き終えたあと、荷物を持って、気持ちばかりのお布施を寺に置いて、プラ・ノアに別れを告げた。
「できればメディテーションをこのまま続けてくれよな。これからも元気で」
彼はそう言って、一人の若者の笑顔でぼくらを見送り、僧侶らしい静かな後ろ姿で寺の中へと戻っていった。
その姿を見ながらぼくは気がついた。自分もまた、中国に向かう途中にタイでメディテーションをしているという点では、彼と同じであることに。
しかし、ぼくらはこれから中国に行く。もうしばらく北上の旅を続けながら、おそらく数ヵ月後には中国に着く。
すべては結局死ぬためにある――。プラ・ノアのその言葉は、自分もときどき感じることがあるものだった。とすればぼくは、少しでも納得して死んでいくために、いまこうして旅をしているといえるのかもしれない。
彼はタイにとどまり、旅人から僧侶となって、「自由」を手に入れた。自分には、プラ・ノアがたどり着かなかった中国に行って、いったい何を手に入れるのだろうか。
ぼくの中で中国が、少しずつ具体的な姿をともなって意識の中に上り始めていた。