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YUKI KONDO WRITER

近藤雄生・こんどうゆうき ライター
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『中国でお尻を手術。 遊牧夫婦、アジアを行く』 6 蛆虫とともにうんちが動く?

September 29, 2026

<5 中国国境の町へ>

6 蛆虫とともにうんちが動く?

 二〇〇四年十一月十六日。

 ビルマからタイに戻った三日目の朝九時、国境の町メーサイからソンテウ(乗り合いタクシー)に乗って南東に走り、チェンセンへ向かった。チェンセンはメコン川のほとりにある町だ。対岸はラオスとなる。

 ソンテウを降りて川の方を眺めると、対岸は濃緑色の木々で覆われていて、川幅は二〇〇メートルくらいはあるように見えた。その茶色く濁った大量の水の上に、「盛達快運」という漢字が掲げられた貨物船が停泊している。船と河岸との間に三本ほど細く頼りない木の板が渡され、数十人の男たちが肩に段ボール箱を三、四個ずつ乗せて、エッサエッサとその板の上を渡り、荷を船に積み込んでいた。この船もおそらくそうだが、その下に広がる水もまた、はるか中国から延々と流れてきているにちがいなかった。

 すべてが中国につながっている。そんなふうに思えてくる。

 その中国の足音に引きつけられるように、ぼくらもチェンセンからチェンコンへとソンテウを乗り継ぎ、翌日、タイ・ラオス国境を成すメコン川を越えてラオスへ入った。

 国境のラオス側の町フエサイで泊まってから、今度はメコン川を走る小さな船に二日間乗って、一大観光地であるルアンプラバンへ。そしてしばらく滞在したのち、バスに乗って北のウドムサイに向かうと、もう中国まであとわずかとなった。

 ウドムサイには、中国が国境を越えて染み出していた。店に入ると何やら中国語でペラペラペラー、と話しかけられる。知っていたわずかな単語を駆使して「中国語は話せません」と笑ってみると、「ああ、中国人じゃないのかい。でも中国語話すんだね!」とさらに中国語で話しかけられるといった具合だった。

 食べるのも毎食のように中華料理。麻婆豆腐、青椒肉絲、小籠包(ショウロンポウ)、あんまん、お粥……。味には当たり外れがあったものの(麻婆豆腐と青椒肉絲はどこにでもあり、どこでもそれなりにおいしかった)、それらを食べるたびに、「お粥は、【稀飯】……シーファンか。あんまんは【豆沙包】……ドウシャーバオ、かな?」と、それぞれの料理の中国語を頭に入れていくように心がけた。

 まだ入国はしていなかったが、気持ちはもう中国だったのだ。

 モトコも、中国に着くのがすごい楽しみだと言っていた。移動続きの日々に疲れきっていた彼女は、まだ見ぬ土地での定住生活の始まりがとても待ち遠しいようだった。

 ただ同時にモトコは、ある不安が徐々に大きくなっていくのを隠さなかった。

 「ああ、これからあのトイレか……」

 強烈にちがいない中国のトイレに、彼女はビビっていたのだ。ビルマのモンラーでついに実物が現れて以来、モトコはかなり深刻に憂鬱になっていた。

 モトコが中国のトイレに初めて恐れを抱き始めたのは、しかしじつは、モンラーで実物を見るかなり前のことだった。

 バンバリーでイルカボランティアをしていたとき、以前中国に住んでいた南アフリカ人ボランティアのジャッキーが、青く輝く海を見ながら、モトコに中国のトイレについて話してくれたことがあった。そのときのジャッキーの描写が頭を離れないというのだ。

 「こんなトイレがあったの。入ると、大きな穴の上に、ただ足を置く貧弱な木の板が二本渡されているだけ。その板の上に足を乗せて用を足すのだけれど、板の下の穴の中は、もちろんうんちでいっぱいなのね。驚いたのは、なんだかそのうんち全体が動いているように見えることなの……。えっ? と思ってよく見ると、うんちの中に大量の蛆虫がうごめいているのがそう見えたの。まるでうんちと蛆虫が一緒になってモソモソと動いているようだったのよ! 本当に気持ち悪かった。板が折れて落ちたらどうしようって思いながら、恐る恐る済ませたのよ……」

 その話を聞いてモトコは、震え上がってしまったのだ。それ以来、中国のトイレといえば「蛆虫とともにうんちが動く」というイメージが染みついてしまっていたのだ。

 もともとモトコは大のキレイ好き。日本にいたころから普通以上に掃除や片付けに余念がないタイプだった。それでも旅に出てからは、案外なんでもいけてしまうことがわかってきて、南京虫やゴキブリがいる部屋でも、十年ぐらい掃除してなさそうなトイレでも、他に選択肢がなければああだこうだで乗り切っていた。

 それでも、中国のトイレだけは耐えられない、と恐れていた。モンラーで見たのは、さすがに蛆虫トイレほどではなかったけれど、汚さは別格だった。しかもドアなし。これから毎回、あんなトイレばかりだとしたら……。

 「まあ、仕方ないよな。たぶん、慣れるって」

 ぼくはそう言ってモトコの気を紛らわせたが、そう言いながら、自分自身も若干気になっていた。ドアなしトイレに慣れる日なんてホントに来るのだろうか? 

 ただもう、そんなこと考えても仕方がない。もう中国は目の前なのだ!

 

 ウドムサイに二泊した翌朝――。

 八時半に乗り合いバスで国境に向かって出発した。バスの中には、ぼくとモトコに加え、カナダ人カップルとオーストラリア人カップルもいた。

 ラオス側のイミグレーションオフィスの前で降ろされたのが十一時半。赤土による汚れでうっすらと赤みがかかった小さな建物で出国審査を済ませ、再び軽トラックの荷台に乗り込んだ。

ラオス側の国境。写真の奥側がラオス

 ここから先はノーマンズランド(緩衝地帯)で、ここを抜けると、中国側の国境に着くのだ。

 ノーマンズランドではすでに大きな漢字表記ばかりが目につく。まだ正式に中国に入国したわけではないのに、もう完全に中国に入ったかのような雰囲気だった。道路もこのあたりからきれいに舗装され、中国へと続いていく。そして五分ぐらいでついに中国の入国審査場が見えてきた。いよいよ中国に入るのだ。

 だが、そこでちょっとした問題が起こった。トラックを降り、運転手に料金を払おうとしたときのこと。運転手はラオスの通貨「キップ」か、中国の「人民元」、または「米ドル」で払うように言ってきたが、ぼくらも、同乗した西洋人たちも、誰も細かいお金を持っていないことに気づいたのだ。

 ラオスキップはみなすでにイミグレーションオフィスのそばで人民元に換えてしまっていたし、また、人民元、米ドルはともに高額紙幣しか持っていなかった。逆に人民元や米ドルでのお釣りを持っていない運転手は、

 「じゃあ、釣りはラオスキップで払うから、その米ドルをくれよ」

 と言う。しかしこれからラオスを出る身としてはそれはありえない。ラオスキップは中国に入ってしまえばただの紙切れ同然となるにちがいなかったからだ。

 国境ではいつもこのような場面で、通貨の力の違いを実感する。国境付近の町では大抵、国力の強い方の通貨は、国境を越えて通貨として機能している。だが、弱い方の通貨は、一度国境を越えるとまったく用をなさない。弱小通貨は、隣国の銀行に行っても決してその国の通貨とは換えてもらえないのだ。

 タイとビルマ、ラオスとタイ、ラオスと中国、ビルマと中国。ビルマチャットとラオスキップは、国境付近だと国内ですら好まれていないようだった。その一方、中国の人民元とタイバーツは、ともに国境を越えても使われていた。

 先にビルマで訪れた中国国境の町モンラーでは、通貨は人民元のみ、言葉も中国語だった。中国という国の強大さは、中国に入らずとも、その周辺にいるだけで感じることができた。国力が、国境線の中に収まりきらず溢れ出ているのだ。だから、これから中国に入ろうというぼくらにとってもまた、ラオスキップは紙切れでしかなかったのだ。

 「わかった、じゃあ、ちょっと待ってくれ。この一〇〇元札をくずしてくるよ」

 ぼくはそう言って、毛沢東が描かれた赤い一〇〇元札を手に、入国審査の場所まで走った。審査を待つ中国人の何人かに英語で話しかけ、一〇〇元をくずしてくれる人を探した。だが、英語はほとんど通じず、また細かい人民元を持っていそうな人も見つからなかった。ただ国境の向こうには、物売りの中国人が複数いたので、彼らなら持っているにちがいない、と思った。

 そしてぼくは、まず無理だろうと思いながらも、国境警備の男に身振り手振りで聞いてみた。

 「この一〇〇元札を細かい人民元に替えないといけないから、国境を越えさせてくれないか」

 するとその警備員は、すぐにぼくの言っていることをわかってくれたようだった。「よし、わかった」という顔をして、何も審査していない自分をあっさりと中国側に入れてくれたのだ。

 それが初めて足を踏み入れた中国だった。国境を越えると、くたびれたシャツとパンツ姿の男たちが何人も寄ってきて、何やら話しかけてくる。言葉はわからないが、とにかく「おれの車に乗れ!」といっているようだった。早口でまくし立てる彼らの大きな声にいかにも中国らしさを感じながら、いや、自分はいまはただ、両替してほしいだけなんだと身体で伝える。すると、「おれも持ってるぞ、おれも持ってるぞ」と大勢が両替任務を果たそうとする。そのうちの一人に両替してもらい、「謝謝!」と言うと、ぼくは警備員にも礼を言って再びノーマンズランドへと走っていった。中国人の警備員は、走り去るぼくをにこやかに見送った。

国境を越えた中国側

 初めての中国を体感して少し興奮しながらモトコたちのところに戻ると、モトコは若干真剣な顔をして、中国に行ったことがあるという西洋人から中国のトイレ情報を集めていた。「イッツ・ファッキン・テラボー!」などという情緒的な情報にもビビらされ、モトコはおののいていた。「やっぱりめっちゃすごいらしいなあ……」。しかしいくら情報を集めてみても、もうこれから出てくるトイレで用を足すしかないのである。

 ぼくは待っていた運転手にお金を払った。そして荷物を持って入国審査の列に並んだ。パスポートにスタンプをもらうと、今度こそ堂々と入国できた。ぼくらはいま本当に中国に入ったのだ。

 

 両替を頼んだ物売りの男たちは、「お、今度こそおれの車に乗っていけよ!」と寄ってくるが、その中から、すぐにでも出発しそうな車を選んで乗り込んだ。

 きれいに舗装された道の脇には、いかにも安普請で玩具のような建物がずらりと並んでいた。これが中国らしさなのだろうかと、ふと思う。そこからまた一時間ほどだろうか、山の隙間を猛スピードで北上していくとモンラーという町に着いた(「勐腊」と書く。もちろん、ビルマのモンラーとは別の町)。

 そしてモンラーで中国最初の夜を過ごした翌日の昼ごろ、昆明行きの寝台バスに乗り込んだ。

 「うわっ、なんでこんなにきれいなんだ?」

 予想に反して内部が新品のようにこぎれいで、ぼくもモトコも口をそろえて驚いた。床はカーペットで、バスの入り口で靴を脱いで上がるようになっている。カーペットにも汚れは少なく、なんだか不思議なぐらいだった。車内には小さな二段ベッドがずらりと並び、それぞれに枕と布団も置いてあるので、ここにみな横になった状態で乗るのだろうと予測がついた。

 それらのベッドがすべて、東南アジア的な雰囲気の肌の黒い人たちで満たされると、バスはゆっくりと街なかから山の中へ向かって出発した。

 「寝ながら行くの、楽でいいな」

 まさに怠慢な自分にはうってつけの乗車スタイルが最初は心地よかった。しかししばらくすると搬送される病人になったような変な気分になってくる。道もカーブが多く、しかも運転が荒いので、途中で酔ってもきた。

 なんだか落ち着かなくて寝たり起きたりを繰り返しているうちに、バスは何時間も走り続け、やがて止まった。運転手が叫ぶ。

 「厠所!厠所! (ツースオ! ツースオ!)」

 お、聞き取れたぞ、トイレだ。と思い、次にいつトイレに降りられるかわからないので、急いでベッドから飛び降りて、靴をはいて外に出る。すでに暗くなりかけているなか、ほかの人たちについていくと、薄汚れたコンクリート壁の中にトイレがあった。モトコも「うわ、すごそうやなあ……」と渋々トイレに向かっていった。

 中国初日だった昨日は宿の部屋のトイレにしか行かなかったけれど、これはいよいよ本場の中国トイレにちがいない。どんだけひどいんだろうと近づくと、半屋外のそのトイレは、まだ中に入る前から強烈な臭いでその存在感をアピールしていた。中に入ると、下半身モロ出し状態の男たちが座って用を足していた。

 ちょろちょろと汚水が流れる地面の上に、円状に複数の穴が掘ってある。円の半径方向には仕切りはあったが、円の外側からは、いままさに排便中という男たちの姿が余すところなく望めてしまう。みなタバコをふかしながら、余裕シャクシャクで力んでいた。

 思えば、他人が大便をする姿をまじまじと見るのは、初めてではないだろうか。その風景に衝撃を受け、また壁にこびりついて黄白色の塊となった尿の凄まじいアンモニア臭に息を止めていると、ブリブリブリ! と目の前のオッサンが豪快な音を立てて排便する。そして、ふぅー、と一息。

 「これはやべえなあ……」

 ぼくはその光景に圧倒された。そしてとりあえず小便だけして、逃げるように立ち去った。

 モトコはトイレから戻ってくると、青ざめ、吐き気をもよおしていた。

 「ありえへん、ほんまにありえへん……。これからずっとこんなんだったらどうしよう……」

 明らかにぼく以上のショックを受けていた。何しろこのトイレが、その後ずっと夢にまで出てきたというのだ。とにかくもうこれは、覚悟を決めないとやっていけなさそうだった。

 しかしその後、今度は「吃飯! 吃飯!(チーファン!)」という掛け声のもとで半屋外の清掃不良な食堂に止まり、寒く暗いなか、黄色い電灯の下で炒飯を食べると、そのおいしさに感激した。さすがだなあ、やはり中国はどこでもこんなにパラパラしたいい具合の炒飯を出すのかなあ、とうれしくなった。

 みなハフハフカチャカチャと音を立てながらかき込むように食事を終えると、すぐにバスに乗り込んでいく。そして、とてもみなが乗り込んだのを確認したとは思えない状態で、「さあ、出るぞっ!」という声が何度か聞こえると、一気にトップスピードとなってバスは暗闇の中を進んでいった。

 

 中国での生活――。いったいどんな日々になるのだろう。いろいろと想像を膨らませ、バスの二段ベッドの上段で体を丸めながら、ぼくは眠ろうとした。すでに夜は更け、いまどんな場所を走っているのかもわからない。でも目を覚ましたら、ぼくらはもう昆明にいるはずなのだ。

 目的の場所に着く、という感慨深さはもちろんあった。同時にそれと同じくらい、着いてしまう、旅が次のステージに入ってしまう、ということへの寂しさや不安感があった。

 真下の段にいるモトコとは、ほとんど何も話さなかった。何を考えているのだろうな、と思い、たまに下段を眺めると、前後の中国人に挟まれて、彼女も身体を小さく丸めながら眠りにつこうとしているようだった。

In 『中国でお尻を手術。』, 『遊牧夫婦』続編公開
『中国でお尻を手術。 遊牧夫婦、アジアを行く』 5 中国国境の町へ →

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