新刊『まだ見ぬあの地へ --旅すること、書くこと、生きること--』が10月29日に発売になります。

新刊のお知らせです。

mada.png

旅にまつわる断想集
『まだ見ぬあの地へ --旅すること、書くこと、生きること--』(産業編集センター)https://www.shc.co.jp/book/13537

が10月29日に刊行になります。産業編集センターの「わたしの旅ブックス」というシリーズの一冊となります。

最近全然旅とかしてないのに、いつまで過去の旅を引っ張るんだ…と若干自分で突っ込みたくもなりますが^^;、内容としては、長い旅を終えて帰国してからのこの10年ほどの日々の中で、旅がさまざまな形で自分に与えてきた影響、そしてそこを発端として自分が考えてきたことをまとめたものになっています。

2014~17年にミシマ社のウェブ雑誌「みんなのミシマガジン」に連載していた「遊牧夫婦こぼれ話。」をベースに構成したものですが、その中から、今も違和感なく読めると思ったものだけを選び、書籍化にあたってだいぶブラッシュアップしました。

基本的には過去に書いたものでありながら、結果としては、いまの自分のさまざまな考えや正直な気持ちがこもった、自分にとっても新鮮な本になったような気がしています。この本を書いて、あの旅の5年間の経験がいまの自分の考え方や生き方に本当に大きく影響していることを改めて感じました。

どのように感じてもらえるのか、いつもながら発刊前はどきどきしてしまいますが、ご興味もってもらえたら、手に取っていただけたら嬉しいです。

ちなみに、『遊牧夫婦』シリーズを読んでないとわからない部分があるとか、そういうことは全くないように書いたので、この本だけでもよろしかったら是非。

どうぞよろしくお願いします!

<目次>

はじめに

<第一部 あの日がいまを作ってる>

赤面モノ、思い出の手紙
はじまりの場所へもう一度
いつかまたラマレラで
「違い」はあっても「壁」はない
新年は巡る
いきたくないよう、いやだよう
幻想ではない世界に向けて
旅の生産性

紀行文1 短い旅だからこそ

<第二部 自分にとっての書くということ>

二〇代、まだ何も始めていなかったころ
話を聞いてわかること
思い出すことが糧になる
お金がないっ!
七年前の旅を書き直す
自分に全然自信がない?
何かを選ばないといけないときに

紀行文2 上海の落とし穴

<第三部 旅することと生きること>

取り戻せない自転車旅行
自分の力ではどうにもならないことがある
先の見えない素晴らしさ
あたたかな後ろ姿
もしもの人生
生きることの愛おしさ

紀行文3 荒野を、ヴェガスへ

おわりに

吃音のある青年が主人公の映画『実りゆく』が10月に公開予定

10月に、吃音のある青年が主人公の映画『実りゆく』が公開になります。
https://minoriyuku-movie.jp/

(10月2日から長野県先行公開、10月9日より、新宿武蔵野館ほか、全国順次公開)

元々は2018年に、予告編だけを作って競う映画賞で作られた短編作品が高評価を得て、映画化が決まったものでした。2018年に作られた「予告編」がこちらです↓
タイトルは『実りゆく長野』
https://www.youtube.com/watch?v=GDXddnKL58s&t=3s

そして、完成した本篇に合わせて新たに作られた予告編が、上の公式サイトで今日公開になりました。

長野のリンゴ農家で育った吃音のある青年が芸人を目指すというストーリー。2018年の予告編を観て期待が高まり、さらに新しい予告編も観て、ますます楽しみになっています。

この映画、本編の制作にあたって八木順一朗監督が、拙著『吃音 伝えられないもどかしさ』を読み、あるお母さんと息子さんを描いた章に何かを感じていただき、実際に彼らに会いに行き、話を聞き、そこで感じたことを映画に込めてくださったとのことでした。映画も家族がテーマであり、そこに関わってくるそうです。

そんな経緯があって自分自身、前から完成を楽しみにしていたのでした。

実際に監督とお話したりしたところ、すごく丁寧な方で、きっと映画も丁寧に作られたいい作品だろうと想像しています。多くの方に観られてほしいです。

この映画を機に、また、吃音について色々と取り上げてもらえるきっかけになればと思っています。

予告編、是非観てみてください!

minoriyuku.png

「文藝春秋」6月号「令和の開拓者たち」の連載で、妙心寺・退蔵院の絵師・村林 由貴さんについて書きました。

5月9日発売の「文藝春秋」6月号「令和の開拓者たち」の連載で、妙心寺・退蔵院の襖絵70面超を描く、絵師・村林 由貴さんについて書きました。

600年の歴史を持つ妙心寺退蔵院の本堂の襖絵を、若い描き手に、寺に住み込み禅を学びながら描いてもらうというこのプロジェクトが始まったのは、9年前の2011年、震災直後のことでした。ぼくが取材を始めたのも同年8月です。

その絵師に選ばれたのが当時24歳の村林由貴さんで、当初は3年の予定だったものの、始まってみたら到底3年で終わるものではなく、9年が経った今も継続しています。

プロジェクト開始当初から、彼女が、禅と絵と自分自身とに向き合いながら、禅の修行をし、絵の技術を磨いて一歩一歩前進していく様子をずっと見続けさせてもらってきました。その姿を『新潮45』や『芸術新潮』などに書かせてもらってきましたが、最後に彼女について書いたのはすでに7年前、2013年のことでした。

その後、彼女は大きな壁にぶつかって、深い苦悩の時期を経ました。しかし立ち上がり、彼女自身大きく変化を遂げて、現在に至り、いよいよ最終局面へと来ています。

彼女が背負っているものの大きさや、しかし描き続ける情熱は、並大抵のものではないことをこの9年間、感じてきました。自分には想像することしかできない部分も多いものの、その生き様には本当にすごい迫力と覚悟を感じ、自分自身とても大きな刺激をもらってきました。20代~30代の10年をかけて絵を仕上げようとしている彼女の姿を、自分は、文章を書くことで伝えるべく、自分なりに力を尽くし、プロジェクトのこれまでを書きました。9年間の出来事を語りつつ、かつ時間の流れを十分に感じてもらえるものにするという点で、自分的に心残りの部分もあるものの、いずれより長い形で、書けたらとも思っています。

禅とは何か、芸術とは何か。彼女が積み重ねてきた日々は、普遍性のある様々な世界を見せてくれると感じます。
是非広く村林さんとこのプロジェクトについて知ってもらえたら嬉しいです。

今日も彼女は、描き続けています。

冒頭の写真は、ともに村林さんを9年前から取材してきた吉田 亮人さん撮影。

写真 2020-05-11 15 20 00.jpg
写真 2020-05-11 15 20 51.jpg