東京新聞・中日新聞に『毒の水』の書評を書きました。

東京新聞・中日新聞に『毒の水 PFAS(ピーファス)汚染に立ち向かったある弁護士の20年』(ロバート・ビロット著、旦祐介訳、花伝社)の書評を書きました。

書評の全文こちらから読めます。

PFASの問題が注目を集めるいま、広く読まれるべき一冊です。緻密でドラマチックです。アン・ハサウェイ出演の『ダーク・ウォーターズ』原作。

吃音のある女性の、歌のオーディションの動画に心打たれて

さっきSNSで知ってすごく感動して、是非広く見てもらいたいと思いました。

吃音のある女性がオーディション番組で歌います。冒頭の彼女の話だけ、以下に訳しました。 …

アマンダです。…19歳です。お分かりのように、……私には、言語の障害が、あります。それによって私は、いろんなことを避け、逃げてきましたが、でも歌う時には吃らないことがわかりました……。私はこれから、自分で書いた歌を歌います。それは私の辛かった時のことです。もしその時に戻れて、過去を変えられるとしても変えません。それが今の私を作っているからです。 

…と言って、歌が始まります。詞も歌声も美しくて、彼女の思いがすごく伝わってきてとても心を打たれました(詞も訳したかったのですが、十分に訳せなそうで。。) 観客や審査員の反応もとても温かくて、心動かされ、優しい気持ちになりました。

是非見てもらえたら嬉しいです。

旅立ちの日から20年。

昨日(6月22日)で、『遊牧夫婦』の長い旅に出発してからちょうど20年だった。

旅立ちの時考えていたのは、数年間、旅をしようということ。26歳だった自分にとって数年というのは永遠のように思えたし、旅の終わりなど来ないように思っていた。また、できることなら、いつまでも終わりのない旅がしたいと思っていた。そのためにも旅をしながらライターとして稼げるようにならねばと。

しかし5年旅して、終わりがあるからこそ旅なんだと感じるようになった。何を見ても、ほとんど感動することがなくなってしまったからだ。そして思った。終わりがあるからこそ、人は感動するし、生きる原動力も湧くのだろう、と。旅も人生も。それが5年旅しての最大の気づきだったように思う。

そしていま改めて、そうだなと思う。

ところが、昨年あるコラムに自分がこんなことを書いていたのを思い出した。

ロームシアター京都のサイトへの寄稿「終わりがあるからこそ、と思えるように」より

そういえば去年、終わりがあるからこそ、と思えなくなっていたのだった。そのことを忘れていた。そしていままた、終わりがあるからこそ、と思えている自分に気づかされる。
それはもしかすると、最近、とても親しかったある人の死に向き合わないといけなかったからかもしれない。彼女の死のあとからなんとなくまた、終わりがあるからこそ、と思えているような気もする。去年、上のように書いていたことをいまはすっかり忘れていたのだ。

こうして移りゆく自分の気持ちもまた、記憶しておきたいと思う。

2003年6月23日、シドニーに降り立つ前の飛行機から。

2008年9月30日 旅の最後に撮った写真。マラウィ湖からモザンビークの大地を望む。

読売夕刊「ひらづみ!」23年5月29日掲載 『ウクライナ戦争』(小泉悠著、ちくま新書)

5月29日読売夕刊「ひらづみ!」に書いた、小泉悠さん『ウクライナ戦争』(ちくま新書)の書評です。著者の、軍事・ロシアの専門家としてのわかりやすく説得力のある分析に加え、研究者としての誠実さ、人としての優しさが感じられる一冊。おすすめです。