旅立ちの日から20年。

昨日(6月22日)で、『遊牧夫婦』の長い旅に出発してからちょうど20年だった。

旅立ちの時考えていたのは、数年間、旅をしようということ。26歳だった自分にとって数年というのは永遠のように思えたし、旅の終わりなど来ないように思っていた。また、できることなら、いつまでも終わりのない旅がしたいと思っていた。そのためにも旅をしながらライターとして稼げるようにならねばと。

しかし5年旅して、終わりがあるからこそ旅なんだと感じるようになった。何を見ても、ほとんど感動することがなくなってしまったからだ。そして思った。終わりがあるからこそ、人は感動するし、生きる原動力も湧くのだろう、と。旅も人生も。それが5年旅しての最大の気づきだったように思う。

そしていま改めて、そうだなと思う。

ところが、昨年あるコラムに自分がこんなことを書いていたのを思い出した。

ロームシアター京都のサイトへの寄稿「終わりがあるからこそ、と思えるように」より

そういえば去年、終わりがあるからこそ、と思えなくなっていたのだった。そのことを忘れていた。そしていままた、終わりがあるからこそ、と思えている自分に気づかされる。
それはもしかすると、最近、とても親しかったある人の死に向き合わないといけなかったからかもしれない。彼女の死のあとからなんとなくまた、終わりがあるからこそ、と思えているような気もする。去年、上のように書いていたことをいまはすっかり忘れていたのだ。

こうして移りゆく自分の気持ちもまた、記憶しておきたいと思う。

2003年6月23日、シドニーに降り立つ前の飛行機から。

2008年9月30日 旅の最後に撮った写真。マラウィ湖からモザンビークの大地を望む。

読売夕刊「ひらづみ!」23年5月29日掲載 『ウクライナ戦争』(小泉悠著、ちくま新書)

5月29日読売夕刊「ひらづみ!」に書いた、小泉悠さん『ウクライナ戦争』(ちくま新書)の書評です。著者の、軍事・ロシアの専門家としてのわかりやすく説得力のある分析に加え、研究者としての誠実さ、人としての優しさが感じられる一冊。おすすめです。

放送大学の面接授業「旅することと生きること」

週末は放送大学で旅に関する面接授業(スクーリング)だった。受講生は20代~70代と幅広く、伝えるべきメッセージをいつも悩む。これでいいのかと緊張しつつ話す。だからか若干ながら吃音が出る。言えそうな言葉を探し、自分の中でなんとか対処するけれど。

それゆえに、伝わったことが感じられると嬉しい。2日間計12時間ほどの授業のあとに、それぞれの方が、授業内容をどう受け取り、どのようにご自身の人生に重ねて聞いてくださったかを話して下さるときはありがたい。

それぞれの受講者にとって、何か意味のある時間になっていたら、と願っています。

初めてメディアに載った自分の文章を手に… (2001年8月18日朝日新聞「声」欄) 

3年前にフェイスブックにアップしたらしく通知が。初めてメディアに載った自分の文章(2001年8月18日 朝日新聞「声」欄)。この翌年に大学院を修了し、03年に結婚、旅立つのだけれど、その際、ほぼこの投稿記事で得た図書券3000円?だけを根拠に、「ライターしながら2人で旅して暮らします」と京都の両親の元へ結婚の了承を得に行ったのは我ながらワイルドだった。


職はなく、旅の予定は3,4年。そして結婚3カ月後に2人で日本を出ますなんて、さすがに一発殴られるかもしれないと覚悟していったら、逆に背中を押してくれるような両親で「行ってきなさい」と。改めてとてもありがたかった。自分もそう言える親でありたい。